更新時の一言・・・大震災後

日付の新しい順です

3月18日〜の分


平成23年3月11日 「午後の運命をまだ知らない朝」の分から



(17日 夜)このところ節電のために電気が復旧していからも夕方以降になっても原則部屋の中の電気はつけず(例えばこうして更新作業している時も画面の明るさだけでやっています。目は疲れますが)にいます。外からみたら留守のように見えるでしょう。

今日、くらくなってから2回ほど電話がかかってきて、出ると切れる、ということがありました。

単なる間違い電話ならばいいんですが、数ヶ月前にも同じ隣組の家に空き巣が入り、近所で防犯の話題になったばかりです。もしかしたら電話帳か何かでうちの番号を調べて下見をしているのではないか・・・などと心配になっています。

被災地でも完全に流されていない家で避難所にいって誰もいない家の貴重品を盗む行為が出てきているというレポートがありました。何とか人間としての心をとりもどして欲しいと切に願います。


一方で一部の避難所で小学校の授業が不完全ながら再開された、卒業式が行われた、保育が再開された等々のリポートもありました。ボランティアに頑張る中学生の姿もありました。みんな本当にいい顔をしています。ある授業再開の小学校では先週、返却される寸前に地震でそのままになっていたワークテストが返却されたというのが一発目の内容で・・・でもみんな笑顔でした。「みんなと会えて楽しい」・・・本来学校ってそんな場所・・・競争原理で得点力のみで比較されたり、人格さえ否定されたり、蹴落としあったり、・・・そんな場所ではなくて、共に仲良く共存しあい高めあう場所・・・同じ得点力を伸ばすにしても、みんながそれぞれに努力している姿そのものを讃えあい、喜び合う・・・そんな原点を思い出させてくれるような光景でした。

明日もどこかの避難所の学校で卒業式が行われる予定で、避難している方々みんなでお祝いしようという雰囲気に盛り上がっているそうです。「個人情報」という言葉が独り歩きして、地域と学校、通っている子どもがいなくても地域のみんなの子ども、という雰囲気が消えてしまいがちな今の日本でしたが、こうした避難所ばかりでなく、日本中、世界中の学校と地域がこうした姿になっていくと、得点競争で育った子ども達が創る未来とはかなり違った温かい社会になっていくのではないでしょうか。

昼間、ある大学生が立ち上げたツイッターでの励ましあったりしている言葉を集めたサイトが評判になっているという報道もありました。まだ私はそのサイトをみつけられずにいるのですが(ツイッターも昨年初夏に登録はしたのですが仕組みがわからずそのままです)、そこでもこれからの生活に絶望的になっているお年寄りに寄り添って「自分が大きくなったらいい世の中をつくるから」というような言葉(正確に覚えていません)と言った言葉が紹介されていました。

こうした体験を乗り越え、見ず知らずの人たちにも祝福されながら卒業していったら、それぞれの力を私利私欲のためではなくて、自分も他人もみんなが幸福な世の中にするために貢献する道を歩んでくれるようになってくれるのでしょうね。

それしても寒いです。夕方から鼻水がとまりません。


(17日 午後)大き目の余震の頻度がずっと減ったので油断はまだまだ禁物ではありますが、最低の生活のスペース以外は手をつけないでいた後片付けを少しずつ始めました。

ちなみにいつも寝ていた部屋は平成になって増築した建物なのですが、荷物の散乱だけではなく、旧式の石油ストーブも飛んでひっくりがえっていて灯油がたっぷりと畳にしみこんでしまい、今でも目がしょぼしょぼする灯油の刺激臭がかなりきつい状態です。それに周囲に薄型テレビやデスクトップパソコンもあって、寝ている間に大きな余震がきたら今度こそ危ないので、現在は寝室よりも寒い部屋なのですが、その部屋に置いてあるリブマックスの椅子の上で毛布にくるまって寝ています。

普段生活空間としてよく使う3つの部屋のうち、最も室内が瓦礫の山のようになっていた仏間を中心にやったのですが、改めて感じたのは「何であそこに置いてあったものがここに埋もれているの???」というように、地震で落下したというよりは「空中をすっ飛んだ」という感じで離れた場所に散乱しています。この状況はもちろん他の部屋も同様なのですが、仮にあの地震の時に家の中にいたら部屋中の荷物が空中を飛び交う中で大怪我をしたのは間違いありません。いつもだったら間違いなく家にいる時間帯に、あの日に限って外出していたというのは、本当に後ろの方々が守って下さったとしか言いようがありません。

それだけにやはり怪我もせずに済んだこの身をどうしたらお役に立てるかを真剣に考えたいと思います。

近所の方の話だと、それなりに開いている店も増え始めたということなのですが、私はまだ買出しには出かけていません。地震前に買っていたものや、差し入れて頂いたものがまだ残っていて、我慢すればあと数日はしのげそうだからです。もともとメタボでもある私が買う分があったら、お年よりやお子さんがいるおうちの方々に買って頂きたい・・・それが今の私に出来るやはり精一杯のところなんです。まことに微力な自己満足のようなことですが・・・。

そろそろ夕方が近づき気温が急降下中です。今夜も厳しい寒さとの戦い・・・寒さからくる頭痛やノドの腫れをはじめとしていろんな異変が起きると、ついファンヒーター等々をつけたくなる誘惑にかられそうになるのですが、厚着に毛布でしのげるだけはしのぎたいと思います。(本当に体の限界がきそうになったらさすがにちょっとはつけるかもしれませんが・・・でも灯油だっていつ入手できるか分からないし・・・)

ゆうべはある避難所でついに亡くなった方が出てしまったそうで・・・寒さにも大きな原因があるようです。早くガソリンや灯油などがすべての避難所に届けられるよう、皆様も是非ご協力を・・・不安は分かりますが、まだ起きていない事よりも、今極限の事態に直面されている方々がとんでもなく大勢いらっしゃるという方向へ想像力を働かせて頂けたらと思います。

(17日 朝)今朝の最低気温は氷点下3度程度・・・昨日の予報よりはマシですがやはり寒さのせいかノドがはっきりと腫れています。

助け合いの心温まるような報道もあれば、やはりというか今朝のラジオでは「とめてある原付などからガソリンを抜き取る行為」が起きているとか。ガソリンがなくて困っているのは分かりますが、抜き取られた人がどうした生活や気持ちになってしまうのかへの想像力を少しでも動かして頂けたらと思います。

チェーンメールなどのことも問題になっています。こうしたデマが影響を与えるというのは過去の災害時にもみられたことですが、ここまで進んだ情報に頼り切った生活があたりまえになっているところに、携帯やネットというツールということで、デマが広がる速度も範囲も桁違い。

また必要以上の買占めに走ることへの報道で、逆にあおられて「じゃあ自分も早く買いにいかなければ」という雰囲気になってしまっている部分もあるかもしれません。そんな時こそ「うちはまだ何日か大丈夫」という気持ちにみんなが少しずつでもなれば、案外あっさりと品物はもとに戻るかもしれません。首都圏で大きなトイレットペーパーの包みを多くの人たちが争そって買っていた映像も流されていましたが、本当に今それだけの量が必要なのでしょうか?本当に必要な人が何万人もいるということに想いをめぐらせていただけたらありがたいです。



通常のテレビ放送をはじめた局に対して「まだ早すぎる」という声が多く寄せられていると新聞にありました。でも特に子ども達にとってはいいという意見もあるとか。いつも欠かさず観ていたアニメなどの子ども番組が放送されるというのは、子ども達にとって大きな救いです。大人の観点からみれば確かにアニメやバラエティの放送は不謹慎と思われるのは当然でしょうが、テレビをつければ悲惨な画像ばかりでは子ども達にはきつすぎます。

こんな状況でもアニメなどを観て「楽しめた」「笑えた」という体験は、逆に今後を生きる力や自信にもなると思います。・・・安政大地震のあとの「ナマズ絵」などは、子どもより大人たちがそうしたものを楽しんで復興への力を得たようですから。



(16日 夜2)さきほど10時半頃、強めの余震が再びあったのですが、発表では水戸は震度3だと・・・でも体感的にはどうみても4くらいありました。もっとも地盤の関係で波の伝わり方にムラがあって、震度を決めている場所との違いはありうるのでしょうが・・・震源や地震のタイプによってもありそうです。例えばゆうべの静岡のは広域であっても震源から少しでも離れるとどんどん震度が下がって・・・今日の昼間の震度5弱は千葉県でしたが、震源地のあたりと、遠く離れた水戸が震度5弱、その間の地域は震度4だとか・・・。


そんなことを類化性能的に人間社会や教育のことに当てはめてみてもいろいろと大事な示唆があるような気がします。どうしても目先の現実対応にばかり頭がいっぱいになりそうだからこそ、意識していろんな観点で自分の頭や感情が動くようにしてやらないと、判断能力も感覚も鈍ったり歪んだりしそうでこわいです。

今日は昨日や一昨日と比べて目に見えて強めの余震が再び多くなっているので意識ではそうでもないと思っているのですが、心臓の鼓動からすると相当無意識への影響はあるようです。

・・・こうしたことを敢えて書いているのは、「私の弱音を正直に書いて読んで頂きたい」
というのではなくて、もっと大変な状況におかれている膨大な人数の方々が、そして体の弱ったお年よりや幼い子ども達が、こんな私をはるかに絶した状況に心身ともにあることを想像する手がかりに少しでもして頂ければという思いです。


ネットにこんなことが紹介されていました。
【ワシントン時事】東日本大震災の被害や福島第1原発事故が連日、トップニュースで伝えられている米国で、被災者の忍耐強さと秩序立った様子に驚きと称賛の声が上がっている。「なぜ日本では略奪が起きないのか」―。米メディアは相次いで、議論のテーマに取り上げている。

せっかくそのように言って頂けているのに、新潟の時などもあった「義援金詐欺」がまた起きているようです。
寂しい心に気がついて、人間らしい心をぜひ甦らせてください。助け合いの人間関係の輪の中にぜひ入ってきてください。

(16日 夜1)児言態が長年取り組んできたテーマの中に「イメージ世界(意識世界)の裁断と継続」というのがあります。簡単に言えば日常の(今までの)意識・感情・イメージ等々の流れが人生の中でプッツンと途切れてしまうことがある・・・それをいかにつなぎ合わせるか・・・しかもそれを単に元通りにするのではなく、その再起動によって如何に自分のレベルをあげてこれからの人生へいかしていくか・・・プラス思考という表層的なことではなく、より根源的なレベルで・・・。そのためのイメージ運動の研究であり、子ども達の存在の意味(意義)であるわけです。

今まさに日本人の人生(心も生活も)ズタズタに裁断されています。それを今後再起動させていく力を自分の中から沸きあがらせる・・・その呼び水がそれぞれの人間が持っているイメージ運動の力であり子ども達、あるいは周囲の方々、知り合いではなくてもこうして全国レベル、世界レベルでつながっているという実感です。

ある番組で避難所でインタビューを受けていた小学生の男の子が津波でマンガ本もゲームもすべて流されてしまったと答えながらも「今、何が一番欲しい?」と尋ねられて「教科書とランドセル」と答えていたのがとっても印象的でした。その子にとっては、また学校に普通に通えるようになったときが「また今までとつながった」と実感できるときなのでしょうね。

夕方の更新で孤独感について書いたのですが、つい先ほど暗闇の中で久しぶりに父がずっと以前に日本古来の発想について録音したテープの一本を聞きました。どのテープにどんな内容が入っているのかなど分からず、とりあえず崩れたものの中から出てきたものの一本だったのですが、のっけから直接それに関わる内容だったのでビックリ。特に印象的だった言葉は「孤独 は 孤立 ではない」です。

11日の地震のあった夕方、電気もつかない薄暗い中、まゆみ'2002さんと仕事の意味について語り合ったのですが、緊急時に必要な仕事も大事ですが、いわゆる生存に直接関わらない仕事は、先ほど書いたようなイマジネーションの世界の再起動にこそ必要な大切な仕事なのだと思います。

新たな天気予報では明日の朝の気温予想がさらに下がりました。水道の凍結などもおきるレベルのマイナス5度からマイナス6度レベル・・・昼間も5度6度程度という真冬の寒さです。
(16日 夕方)強風はますます強まっています。天気予報では水戸で明日や明後日の朝の冷え込みは氷点下3度〜4度レベルになりそうだといっていました。じっと一人で耐え忍ぶというのはやはりしんどいものです。

体を壊して以来10年以上、ほとんど一日の大半は独りで暮していて・・・でも夕方からの家庭教師の時間はほとんど唯一外部の人たちと接する機会でした。今はそれも失われているので・・・。時折メール等々でやりとりできることが救いになっています。

ただ、そんな私の辛さなんて比較にならないくらい深刻な状況の方々があまりにも広範囲に大勢いらっしゃる現実・・・。

全国からの救援物資が東北地方に送られ始めているようですが、例えば「飲料水のペットぼとる1万本」とか「毛布2000枚」とかいっても、千人以上の避難所で一人当たりに換算すると絶対的に少ないことがわかります。ある番組でも言っていましたが、物資の中には「要請がなければそこでストップ」となっているようなものも少なくないということにたいして、そんな規則ではなく現実をみて動くべきではないかと・・・

たしかにやみくもに無計画に動くのは逆効果ということで、行政レベルでのそうした規則があるのでしょうが、今回のように行政施設そのものが破壊され、指揮系統が機能しなくなっている市町村が膨大になっていたら、非常時ルールを臨機応変にすべきでしょう。見落とされがちな小さな避難所、あるいは避難所へ行きつけていない人たち(行政が把握しきれていない避難所・被災者)は「要請に応じて」などといっていたら、いつまでも放っておかれてしまいます。

原子力発電所に近いところに避難されている方々の中には、放射能を恐れてテレビの取材も救援隊も来ないしまるで無視されているような感覚になっている場合も少なくないようですし。

阪神淡路や新潟での大震災と根本的に違うのは、あまりに深刻なダメージを追った人たちの地域範囲も人数も違うこと・・・先ほど書いたように「何万食届けられた」と言っても、もしそれが被災者全員に配ろうと思ったらそれでも全員にはいき渡らないし、いきわたっても一回分の食事にしかならない・・・防寒対策に下に敷く段ボールなり上にかける毛布だって何十万レベルでも全員の寒さをしのごうと思ったら無理。

氷点下レベルになりうる体育館で冷たい床にシート一枚と毛布一枚・・・それは本当に我慢の限界を超える寒さで、もうこれ以上待っていられない方々がお年寄りにしても子ども達にしてもどれだけいるか。

避難所では若い人たちは率先してお年よりや子ども達にストーブの近くの場所や毛布や食料を(自分の分まで)分け与えている方々が多いと思います。その方々も心配です。そうした若い方々の力も得て、それぞれの避難所(特にまだ救援隊も報道陣もきていないような避難所)が成り立っている部分もあるでしょうから、そうした方々が無理しすぎてダウンしたら・・・。

とにかく今までの災害規模や支援のイメージをはるかに超越している今回の災害・・・節電にしても買いだめに走り過ぎないにしても、とにかく想像力を広く働かせて冷静な判断や行動をお願いしたいです。

(16日 昼過ぎ)大きめの余震・・・水戸は震度5弱でした。ちょうど薄型テレビの目の前にいて、それがこちらに倒れそうになったのですがふみこたえました。裏の塀もとりあえず倒れなかったです。

ただ、11日の6弱でダメージを受けている家の中の亀裂がさらに大きく拡大しています。

お日様は時折顔を出しますが、風が強く室内はどんどん冷たくなっています。

(16日 午前)先ほど裏手のおうちの方がみえて、うちのブロック塀に相当の亀裂が入っていると知らされました。確かにちょっと大きな余震があったら、確実にそのおうちの方へ一気に崩れそうです。

ただ、ブロック塀だけでなく、その基礎の部分のコンクリートにも(ちょうどそれが我が家の室内の大きな亀裂と続いているようです。地盤の中で)亀裂がはっきりとあって・・・多分、ちょっとやそっとの応急処置では崩れるのを防ぐのは無理そう。なので崩れたら済みませんということでご了解いただきました。

このおうちの方は、地震直後に水がとまっている時に、「地下水をポンプでくみ上げているから必要ならどうぞ」と知っている家、知らない家のわけ隔てなく近所中に声をかけてまわってくださっていました。そうした家の方にまで我が家の塀が多大な迷惑をかけそうだと分かっているのにどうしようもないのは辛いです。(もちろん知らない家の方に迷惑をかけるのは平気という意味ではありません)

(16日 朝)一夜あけて寒さで頭痛・・・避難所の方々の状況を考えるともっと過酷なんだろうなと・・・とにかくそうした方面へ物資を優先的にまわし、運ぶ車のガゾリンなども確実に確保できるよう「一人一人ができること」を実行するしかありません。余震が再び活発になってきているという体感があるので、予断も許さないし・・・・どこで大きな地震が起きてもおかしくないということが昨夜のことで、さらに買占め等々の連鎖につながるのではと心配です。

昨日、いわき市に住む従兄弟の家族が東京に避難したと連絡をくれました。避難勧告が出されたエリアからは離れているのですが、やはり今までの東京電力の体質というか・・・安全安全とだけ今まで繰り返してきて、実際に今度のようなことが起きると記者会見でも都合の悪いことは隠そうとする・・・そうした事への不信感があって、人体に影響を及ぼすレベルではないと言われても不安が強いようです。ももクロの夏菜子さんが住んでいたあたりはどうだったのか等々の情報は所属事務所からは今のところ何もありません。

(昨日の夕方、当面の間、メンバーの公式ブログはお休みするとの告知はあったのですが、こうした情報はできればこまめに出していただきたいものです)


(15日 夜3)一体日本に何が起きているのでしょうか・・・今静岡を中心に大きな地震・・・あちら方面にも知り合いが多いので心配です。そしてももいろクローバーの茶畑のシンデレラ、ことリーダーの夏菜子さんが住んでいる場所は震度が大きかったあたりかもしれません・・・・相当動揺しています。

(15日 夜2)つい先ほど、思いがけずあるご家族がわざわざ車で何十分ものところを差し入れにきてくださいました。そのご家族の地域では電気が回復したのは昨日の夜、水道が出るようになったのはつい先ごろだというのに・・・しかもこれだけ車の燃料のことが大変になっているのに・・・・もう、ただただ恐縮と感謝です。

こうした非常時に、日常的にお会いしていたその家族の方々や、いつも見ていたそのおうちの車が目に入った瞬間、どこかへいってしまいかけていた日常の正常な感覚が甦ってきたような気がしました。・・・途切れていたものがつながってくるような・・・。

差し入れのものの中にも、よくその家で頂いていたものが入っていて・・・それを見ただけでも途切れていたものをしっかりと結びなおしてくれているようです。

今、先ずはおにぎりを頂いたのですが・・・こうしたちゃんとしたご飯はあの地震のあと以来初めて・・・「生きている!」という力がわいてきます。

しかもそれは単なるおにぎりではありません。このおにぎりが自分のところに届くまでの裏側に一体どれだけの想いや手間や苦労があるのか・・・・それが一杯に込められたおにぎりです。そう思うと目にあついものが・・・。

(この前、散乱したものの下からようやくお米も発掘したのですが、地震ですっ飛んでいた炊飯器のフタがちゃんとしまらなくなっていたので炊けないでいたのです。チョコレートさんにもお米のことを先日心配していただいて・・・土鍋でも炊けるからちゃんと食事をとるようにメールで言われていたのですが、試さないでいました。・・・もっとも土鍋もダメになったので普通のナベで試すしかありませんが)

モノ不足事情の解消は首都圏よりずっと先になるでしょうから、大事に大事に頂こうと思っています。(それでも大変だなんて弱音はとてもはけません・・・もちろん大変ではあるのですが・・・未来を信じてじっと耐える)

そしてやっぱり・・・私が出来る事は何か・・・今は出来る限り買い物を自分は控えることですが・・・次にできることは?特に教育関係(心関係)のことで何か役立ちたいのですが・・・。

(15日 夜1)ある避難所でインタビューを受けていた若い女性が「私達だけだったら耐えられなかっただろうけど、こうしてみんながいるから何とかやっていけている」というような趣旨のことを話していました。「声をかけあって」というのがいかに大切か・・・まさに午前中に書いた「未来へススメ!」の心そのものです。

ガソリンも食品も購入できない期間がこの先どれだけ続くか分からないので、しばらく家庭教師の授業もキャンセルです。早く教え子や知り合いたちと実際に顔をあわせて喜びを実感したいものですが、まだまだ我慢。


報道の中で盛んに出てくる石巻・・・・この時に児言態が行った合宿は、私個人の精神にとっても大きな転機となった節目の合宿・・・・小学校1年生相手の授業で・・・・授業テーマが「おうち」だったんです。だから余計に惨状をみると悲しい・・・。

気仙沼では「ああ、あの川のあたりの宿に泊まったんだな・・・もしかしたらあの学校は授業をさせて頂いた学校?」、女川も・・・・女川については昨年末にその時の授業、およびに近くの島の子ども達と交流した時のDVDを編集していただけに、余計に思い出されて・・・・

そんなに強くはないですが、また余震の間隔が短くなってきているような気がします。そのたびに心臓の鼓動がちょっとですが乱れて・・・。

(15日 午前2)先ほどやっと折り重なったものの中から「未来へススメ!」のCDを発掘できました。

例えばサビの部分の歌詞はこうです。

「どんなどんな困難でも きっときっと立ち向かえる 一人じゃ挫けそうでも 助け合えば大丈夫! いつかいつか辿り着ける 夢に夢に描く場所へ 忘れないよいつだって 孤独じゃない強い智(きずな)まっすぐ未来へススメ!」

これを生き生きとした動きで唄われると本当に勇気付けられて・・・・今はどうしても涙腺がゆるみます・・・。

個人的な好みとは別にして、この歌・・・復興に向けてのキャンペーンソングにピッタリだと真面目に思うのですが・・・どこかで採用してメディアでどんどん流せないでしょうかね・・・。

サンタの帽子をかぶって寒さをしのいでいて救出された幼児の報道に「良かったね」と涙を流していたのですが、今朝届いた新聞には流された園児バスでの悲しい親子の対面の記事が・・・悲しすぎます。

(15日 午前-1)外はかなり冷たい強風が吹いていて・・・・家のあちこちの隙間から冷気が流れ込んで室内温度が急降下中です。なのでミノムシのように毛布にくるまっています。電気は通じているのでエアコンやホットカーペットをつけようと思えばつけられますが、こんな状況の中で、自分がそんな贅沢をしていたら申しわけないですから。

茨城県は計画停電から外されたという報道がありましたが、だからと言って電気事情が改善されたわけでもなんでもないわけですから・・・これも今の私の出来るせめてもの協力です。

昨日の昼間では割とメール着信があったのですが、昨日の昼以降ピタリとありません。プロバイダーの関係でとまっているのならいいんですが・・・その後より深刻な状態に追い込まれているんじゃないかと心配です。

(15日 朝)間隔はあいてきていますが夜中もたえず余震があってほとんど眠れずにいます。ドンと突き上げてくるようなタイプも嫌ですが、遠くから地鳴りのようなものが聞こえてきて徐々に揺れが激しくなるタイプも「どこまで強く揺れだすんだろう・・・」という不安をかきててます。ゆうべもラジオでは震度3といっていましたが「4では?」と思うような揺れがあったのですが、不整脈の軽い発作が起きました。しばらくして落ち着きましたが、自分が意識している以上に激しいストレスに無意識も体もまいってきているようです。

余震の不安・これから数日続くという寒さ・雨や雪の日・・・心身のストレス原因は次から次へと増えてきます。

このようにネットの更新が可能なほどライフラインが比較的復旧している私でさえこんな状態ですから、避難所などの方々の深刻な状況は想像を絶します。そうした方々へ食料や水や毛布が早く届くように・・・救助されていない方々が一刻も早く避難所へ収容されるように・・・と祈るしかできません。

昨日は私の地区では行われなかった計画停電ですが、今日の予定では午前9時20分から1時までのようです。(第4グループ)

(15日 午前0時ちょっと過ぎ)日付が変わりました。つい先ほどラジオで大きな余震の起きる確率を下方修正したとありました。可能性は残っているわけですが、大きな余震は何とか避けたいものです。冷え込みはさらにきつくなっているし・・・。

さて、
今日はももいろクローバーの有安杏果さんのお誕生日。0時過ぎた頃に生まれたようです。こんな状況なのでご本人にしては素直に喜べないかと思いますが・・・・。

11日の地震以前からずっと体調のことや、昨年初夏から減り続けた家庭教師の仕事がいよいよこの3月でどん底になって、そこに追い討ちをかけての今度の地震・・・それでも自分は幸せであることを感じる自分と、余震の恐怖やこれからの生活に絶望的な気分が襲いかかってくる自分とが同居しています。

そんな中、時折 ももいろクローバーの杏果さんが参入してから本格的にCDにも加入した時の歌「未来へススメ」が鮮やかに頭に浮かんできます。それが撃沈寸前の自分をどれだけ救ってくれているか・・・もうすぐ五十になるいい大人が何だと思われてしまうかもしれませんが・・・でもそれが偽らざる実感なんです。

目茶苦茶に崩れた室内のものから掘り出したがきんちょメンバーの写真もそうですが、まさに私にとってこのトップページ上方に書いてあるように「現代の新感覚的稚児」です。自分の深いところから大切な事を引き出してくれるライフインデキス(生命の指標)なわけです。

教え子たちにも誕生日については昔読んだ本に書いてあった「汝の母、受難の日」ということを紹介しています。それを経て生まれてくるかけがえのない生命(いのち)・・・この危機的状況を日本中・世界中の支援を素直に受けながらもみんなで力を乗り越え、忘れかけていたことなども含めて生み出していけたなら・・・・

祝福と同時に、杏果さんの誕生日がこの時期にめぐり合ったことをそんな風にも受け止めています。




(14日 夜2)何やらまた某知事さんが遠慮のない発言をされたようで・・・ここに引用もしたくないほどの発言ですが・・・いくら被災者の方は気の毒だという言葉を添えても、言って良いことと悪いことがあります。自分への反省というか自戒の言葉として言うならまだしも、「自分だけは正しいことをしているのに他はすべて間違っている」と見下しているような姿勢が丸出しの発言。

この方が嫌っている国々の代表者の方々がずっと大人としての姿勢をみせているだけに余計に残念です。本来はイメージ力が求められるようなお仕事をしていたハズの方なのですが、これだけに状況になっているのに分からないのでしょうかね・・・。

いろんなブログでもコメント欄でも支援の輪を広げようとの動きが具体的になってきています。先に書いた国際的な動きもそうですが、「やっぱりいざというときは人間同士助け合えるんだ」と自然に受け止め人間本来の姿を認められる感性こそ大事だと思っています。

(14日 夜)先ほどのニュースで世界各国も具体的に支援に動き出していることをやっていました。外交面でギクシャクしていた国も、そうしたわだかまりを越えて同じ地球の人間として動いてくれる・・・・ありがたいことです。

こうしたことが非常時でなくてもお互いに地球に住む住人として異なる部分を認め合いながらも共存共栄の姿勢になれるといいですね。

18日までかなりの冷え込みがやってくるようです。今も急激に冷え込んできていて・・・寒さからくる(?)頭痛が軽く起きかけています。

茨城県沖を震源とする余震が今も起きました。大規模な余震はまだ起きていないようですが・・・・。(昼間、茨城の一部で震度5の地震はありました)

(14日 午後)昼間は気温が上がっていますが今後また天気は下り坂。明日は雨か雪などとラジオでやっています。私でさえ夜の冷え込みは体にこたえますが・・・・・。ガソリンや食品の入荷見通しもほとんどなさそうだとか。

幾人かの知り合いからさらにメールの返信がありました。状況はそれぞれながらとにかく無事は確認できました。

変に気持ちが張っている一方で、家の中に散乱しているものの中で、ありふれた日常を思い起こすようなものを見つけた瞬間に涙があふれてきたり・・・・。現実を感情的に受け止めるのを無意識が避けていたのが、時折普通に感情が流れ出してしまう状態になってしまうのでしょう。

今後多少なりとも非常事態から普段モードに移行するにつれ、逆にますます「これもダメなの?」「これも出来ないの?」という局面にぶつかり「とんでもないことになっている」という事の重大さを改めて痛感する事が繰り返されると思います。

教え子たちがそうなった時に、気持ちのキープに役に立てられるよう、自分がめげてはまずい、と思っています。

(14日 朝)今朝は冷え込みがきついです。昨日の昼間が暖かかっただけに余計にきつく感じます。

小規模な余震は断続的に続いていますが、予測されているような震度5とか6レベルの余震はまだ起きていません。今日こそは????と不安が掻き立てられます。

戦争中「いつ空襲があって家や自分がどうなるか分からない」という不安で不自由な毎日を長期間過ごしていたかつての日本人(あるいは現在でも世界各地の戦闘地域で暮している方々)は、本当に大変だったんだろうなと、今までと違った感覚で思えます。

通信が不便になっていることからいってちょっと数十年前の日本の生活に戻っているだけといえばだけなわけですから。

そうした時期を(あるいは歴史をさかのぼればもっと過酷な時期を)乗り越えて、現代までやってきた人類のたくましさを自分の内側から甦らせないとそれこそバチがあたるんだろうなと思いながら、実感では余震のくるたびに不安と恐怖を増大させています。

(13日 夜の3)今ラジオで「計画停電」についてのお知らせがありました。詳しい時間帯は分かりませんが、明日から実施です。こうした3時間から6時間の停電実施が4月あたりまで続くそうです。なのでメールの返信等々にも影響は出そうですが、先ほど受信したチョコレートさんからのメールでも茨城町は電気も水道も復旧していないそうですからこの程度の貢献は当然のことです。

地震のあった夜、差し入れに来てくれたまゆみ'2002さんが「一体自分に何ができるだろう」と真剣に語っていました。被災者であるといってもこうして軽く済んでいる我々が、何が出来るのか・・・私も積極的に考えたいと思います。物質的なフォローはできませんが、それ以外の何かで大怪我をしたりしないで済んだこの身を役立てたいと思っています。

(13日 夜の2)ラジオによればかつて小学校教師だった頃の教え子や家庭教師の教え子たちが大勢住んでいる地域では電気も水道も復旧していないようです。胸が痛みます。・・・・震度2から3程度の余震がゆううべや昼間より短い間隔で頻繁に起きるようになってきました。今もまたゆれています。やっぱり大きいのがくる前兆なんでしょうか・・・・(ここ数回は震源地が茨城県沖です・・・今のは福島県沖だったようです)

(13日 夜の1)とにかく今はネットに接続できるのでこまめに更新しています。大きな余震がきたらどうなるか分かりませんから・・・たぶんホームページの更新もメール送受信も長時間でききなくなるでしょうから。

ずっとラジオの茨城放送を聴いています。物資や炊き出しの情報も刻々と流れています。

ちなみに地震のあと私もまともには食事をとっていません。地震の日はそもそも食欲がなかったから昼前にスーパーに行かなかったし、レジの直前で地震が発生したので停電でレジが動かないとかで買い物できずに帰宅。夕方にまゆみ'2002さんが差し入れてくれたもので最初の闇夜をのりきったのは先日書いた通りですが、その後はほとんどカラになっていたセブンイレブンでかろうじて売れ残っていたチョコレート3箱が主食です。(それもまだ1つしか食べていません)

そんな状態ですが物資配布や炊き出し情報があってもでかけないでいます。私などよりもっと優先して食事の必要な子どもやお年寄りの方々に優先させて頂きたいからです。・・・・最近やせてきたとはいってもまだまだメタボなタヌキですから、飲み水があればまだまだ持ちこたえられます。私などが頂きにいったらバチがあたります。

今日の午後になって、まゆみ'2002さんが知り合いとあちこち歩きまわってようやく入手できたというマクドナルドのハンバーガーを1個分けてくれて・・・ほんのり温かいうちにありがたく頂きました。ひさしぶりにまともに何かを食べたという気がしました。

メールの返信が何通かきて・・・教え子の無事を着々と確認できているのですが、それぞれの状況はいろいろなようで・・・・かなり深刻な場合もあるとの文面もあったのですが・・・とにかくお互い乗り切るしかありません。

(13日 昼)先ほど気象庁から今後の余震予測が出ていましたね。3日以内に同じ程度の地震が起きる確率が70%、次の3日間でも50%・・・・外見はあまり変わっていない我が家ですが、よくみると例えば屋根瓦も全体に数センチ外にはみ出しているというかずれています。壁のあちこちにも亀裂がはいって歪みもあります。もう一度同じ程度のゆれがあったらちょっと厳しいかも・・・仮に持ちこたえてもいろいろと・・・・。大きな余震に備えて室内の片付けは最低限にしています。

(13日 朝)今日も寒い朝を迎えています。電気はきているのでファンヒーターもつけられるのですが、灯油がつぎにいつ買えるか分からないのでなるべく節約です。・・・ちょうど地震の日の買い物前にガソリンスタンドへ行ってガソリンも入れ灯油も購入していました。

ウーロン茶のペットボトルを冷たいまま飲んでいたのがガスも通ったので久しぶりに温かい飲み物がノドを通って・・・当たり前の生活のありがたさを改めて実感の瞬間瞬間です。地震以来、まゆみ'2002さんが差し入れてくれたチョコレートやカロリーメイトなどしか口にしていませんが、電気や水さえ通っていない地域がこの周辺でも多いので贅沢は言えません。

過去の例からいうと、今日明日あたりから大きな余震の起こる確率が高くなります。かなり不安・・・。

同じ水戸市内でさえ電話が断絶状態で教え子や知り合いの状況がなかなか確認できなかったのですが、ゆうべからメールで何人かとは連絡がとりあえました。

ただ、アドレス変更があったのか配信不能で戻ってきたのもあったり、そもそもメールアドレスを知らない(メールを利用していない)人たちとは全く連絡できないのが心配・・・

(12日 夜)昼に電気は回復したものの、ネットにはやっと先ほど接続できるようになりました。タヌキ、ちょうどその時はスーパーに買いだしにいっていました。いつもだったら昼前に行くのですが、体調が悪かったので遅かったのです。食品だなから落ち始めたかと思ったら電気が消え、次に数メートル離れた場所の天井板がバラバラと落ちはじめ・・・生きた心地はしませんでした。急いで帰宅・・・途中崩れた塀や瓦の家があちこちあったので我が家がどうなっているかと気が動転していながらの運転で・・・表向きは普段通りの我が家が見えたときには心底ほっとしました。

ところが玄関をあけたらビックリ・・・入れる状態ではありません。何とか土足で入っていくとどの部屋も物が崩れてそれこそ目茶苦茶。詳しくは落ち着いたら特集しますが、かろうじて散乱した中から懐中電灯をみつけだし、夜の居場所を確保したものの完全停電状態で暖房もできず余震に震える一夜でした。(こういうときのために旧式の石油ストーブも常備していたのですがひっくりかえっていて内部が灯油だらけ。試しにつけたらとんでもなく危険な燃え方をしたので慌てて消しました)

全く情報がなかったので朝になって車のラジオで事の大きさを初めて知りました。昼に電気が通じてさらに愕然。被害の大きかったところは児言態の先生方もいるし、それから随分前ですが研究授業をさせて頂いた学校もいくつもあります。石巻、気仙沼、そして女川・・・・画面を観ながら心配で心配で・・・・。

水戸は物資は不足しているものの待ち望んでいた水道もチョロチョロですが出始めました。何とか寝床としての場所に成り得た居間は蛍光灯が天井から落下して電気がつかないので懐中電灯の補助が必要だし、まだまだ大きな余震が心配されますが、とりあえず現在の報告ということで・・・。

(11日 朝) コント55号の坂上二郎さんが他界されましたね。小学生の頃、よくテレビで楽しませて頂きました。ご冥福をお祈りいたします。

足の痛みが悪化傾向にあるのでこの寒さは余計にこたえます。ゆうべ帰宅する頃にはかなり空気が冷たくなっていたので、帰ってから水戸気象台で調べると夜11時現在で早くもマイナス0.9度と氷点下。今朝は6時現在で氷点下2.7・・・今日あたりまた灯油を買い足さないといけないのですが・・・やりくりが大変。

ちなみに昨日、ももクロの新曲が発売されて、オリコンデイリーランキングが3位だったそうですが・・・この件に関してタヌキは貢献できずでした。しばらくは心の中で応援するのみです。